事実は神である
半月、1カ月もすると、定時まえに作業は終わり、機械は拭き上げられ、周囲もきれいになっていきました。
そうなると、物の置き場所とか置きかたにまで工夫がされだしてきました。
当然クレームもなくなりました。
A氏が、「きれいになったね」と声をかけると、彼女たちはにっこりとして応えた。
ある精機工機工場では、予算管理に、帳票ではなく、子どものおもちゃとして市販されている金券に工場長印を押したものを使っていました。
某量販店の大売り出し日の閉店後の店長ミーティングは、その店長の前にその日の売り上げ現金を積み上げてやっているそうです。
是非はともかく、生々しさこの上なく、さぞかし迫力があることと思います。
数字の場合だと、文字の違いを頭で識別して理解するわけですが、積み上げられた札束なら、誰の目にも一目瞭然です。
生々しい事実というものは、不思議な力を持っています。