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2010年11月 アーカイブ

「一流」への道と壁

女性が「私は方向オンチなの」などというとき、ある種の「甘え」がつきまとうように思います。


また、雑学のたぐいについても、言外に「興味のないことは、知らなくてもいいんだ」と決めてかかっているというか、ある種の「他人軽視」がつきまとうように思うのです。


そうした傾向への異議申し立ての気分もこめて、私はひそかに「モノ知らず度」「方向オンチ度」といったモノサシを用意し、ビジネスウーマンの知的特性を観察することもあります。


派遣 千葉で働くビジネスウーマン、あるいはキャリアウーマンにはお叱りを受けそうな話をあえて書いてきたのは、私なりに、忘れられない印象が残っているからです。


PR会社に努めていたとき、社内にも課長クラスの女性が何人かいたのですが、社外の方で、それぞれの道で「一流」と見られている女性の話を聞いたり、いっしょに仕事をする機会も少なくありませんでした。


そうした経験のなかで一つの大きなポイントは、「本当に一流の女性ほど、自分の専門領域に少しでも関連のある他の分野につき、専門家の話を聞きたがる」こと・・・。


あえていえば「モノ知り」志向が強いということでした。


たとえば、後に造形大学をつくったデザイナー・桑沢洋子は、あるとき次のように語っています。


「私の専門は服飾デザインだけど、服装は、インテリアと不可分だから、インテリアの勉強を始めた。


その次には、当然、建築そのものが気になってくる。


さらには、建築に大きな影響を与える都市計画の理論なんかまで、勉強したくなる」


・・・何人かが集まった打合わせ会が終わり、雑談になったところでの話でしたが、まことに鮮烈な印象でした。


・・・というのも、当時、PR誌の編集や、PRイベントの企画で協力をお願いする女性の多くが、陰に陽に「プロ意識」を誇示することに、いささかへきえきしていたからです。

「沖縄の心」

今回は「沖縄の心」を感じさせる、義理人情に生きたねずみ小僧・運玉義留のお話です。


沖縄ツアーに行ったときに添乗員さんに聞きました。


義留はある時、王子家に予告をして、金のまくらをちょうだいすると、投げ文をしました。


屋敷の内外はびっしり警護の士で、ありのはい出るすきもありませんでした。


しかし義留はすでに王子の寝所に忍び入っていたのです。


王子が黄金のまくらをしているその耳に、ぽとりと水滴をたらしました。


王子がはっと思って頭を上げたとたんまくらは義留の手に抱きかかえられていました。


やっとのことで運玉森に帰りましたが、追求の手はものすごく張りめぐらされて、義留は森を出て龍潭まできましたが、そこからどこにもいけない程、厳重な検問が行なわれていました。


義留はせっばつまって、竹を口にくわえて龍潭に沈みました。


そこへ警護の長の士がきて、


「これ程探しても網にかからないなんて、残念!」


と手にしていた槍を、壽留のかくれたところへぶすっと突きました。


槍は嚢留の心臓を一突きしていました。


・・・運玉義留は沖縄の義賊として、為政者への抵抗を貫いた「沖縄の心」の男だったのです。


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